能ある狼は牙を隠す
そのせいで感覚がよく伝わってきて、彼の指が動く度にこそばゆい。
狼谷くんの手、すごく熱いな。
そんなことをぼんやり考えていると、
「羊ちゃんのほっぺ、あっつい……」
「ひ、う……」
唐突に耳元で低まった声が聞こえて、尋常じゃないほど心臓が跳ねた。
だめだ――またわけわかんなくなっちゃう!
「わわわ私っ、帰るので!」
両腕を突き出して狼谷くんの胸元を押し返す。それでも全然距離は開かない。
そろそろと彼を見上げると、獰猛な視線に捕まった。びく、と固まった私の腕を、狼谷くんは力強く引く。
「羊ちゃん……」
「ひぁっ、まっ、待って」
これ以上は! 心臓がもたない!
かあ、と全身が熱く煮えたぎるのが分かった。どうしよう、今すぐ離れないと本当に私はどうにかなってしまう。
「……もうやだっ! 帰る!」
「え、羊ちゃん――」
勢い良く立ち上がった私に、戸惑ったような声が聞こえた。
今はそんなことを気にかけている余裕がない。とにかく距離を取らないと。そればかりが先行して、私は足早に彼から離れる。
「じゃ、じゃあね、お疲れ様」
呆気に取られたようにこちらを凝視する狼谷くんに、急いで背を向けた。
熱いのは、彼の手だと思っていた。それなのに。
『羊ちゃんのほっぺ、あっつい……』
どうすれば「普通」なのか、私はもう忘れてしまったようだ。