能ある狼は牙を隠す
青息吐息
さらさらと描き足されていく細かい線。
やっぱり手際がいいな、と隣で作業する犬飼くんを見やった。
放課後の美術室には、今現在、私と彼だけだ。
いつも一番最後まで残っているという部長も、今日は既に帰宅している。
結局、手伝うだの助けるだの言ったところで、私が力になれそうなことは見つからなかった。今だってただ隣で自分の作品を進めているだけだ。
元々犬飼くんは器用だし、効率がいいし、私の助けなんていらなかったんじゃないかと思う。それでも彼は「いて欲しい」と頼み込むものだから、こうして残っているわけだけれど。
「白先輩」
「うん?」
「あの、ちょっと聞きたいことがあって」
先程から動きっぱなしだった腕を下ろし、犬飼くんは口を開いた。
ようやく何かアドバイスしてあげられるかもしれない。やってきたチャンスに、前傾姿勢で続きを待つ。
「先輩、最近仲良い人いますよね。ほら、あの素行が悪くて有名な人」
その言葉に、しばらく思考が停止した。
てっきり絵に関してのことかと身構えていたから、何の話をしているのか一瞬分からなかったのだ。
「ええっと……もしかして、狼谷くんのこと?」