能ある狼は牙を隠す
素行が悪い、という単語で思い付いてしまったのは申し訳ないけれど、「最近」仲良くなった人としては、彼くらいしか心当たりがない。
「狼谷? ああ……確か、そんな名前でしたね」
別段名前についてはどうでもいいらしく、犬飼くんはやや雑に相槌を打った。
「変な噂流れてますけど、デマですよね? 白先輩があんな人と……だなんて」
もしかしてその噂というのは、例のあれだろうか。犬飼くんが知っているということは、学年の垣根を越えて広まってしまっているということだ。
私は項垂れて、「うん、デマだよ」と返す。
思ったよりも規模が大きい。狼谷くん自体が有名人だから仕方ないのかもしれないけれど。
「良かった。そうですよね。真面目な白先輩には絶対つり合わないですもん」
「え?」
「みんなして何を騒いでるのかと思ったら……有り得ませんよね。先輩は純粋ですし、そんな外道に落ちることするわけないのに」
早口でそうまくし立て、犬飼くんは顔を上げた。
その口角が上がる。彼の笑い方に違和感を覚えて、胸の奥がざわついた。
何だろう。いつもと決定的に何かが違う。
いつもだったらもっとこう――それこそ青空が冴え渡るように、清々しく笑って見せてくれるのに。
「先輩のことだから、ちょっと優しく接しただけですよね。ほんと困っちゃいますね、外野が適当なこと言って」