能ある狼は牙を隠す
……いや、言ってない。そんなことは一言も言った覚えがない。
だがそこまで思い詰めさせてしまったのは間違いなく俺で、彼女への罪悪感が胸をつく。
それと同時に、余計なことをしてしまったせいで二人の仲が拗れたらどう責任を取ろう、と内心穏やかではなかった。
「で?」
目の前で尚も甘さに眉根を寄せる玄が、そう促す。
「え、いやだから、その……怒んないわけ? 勝手に白さんに聞いちゃったんだけど……」
「まあ一発殴りたいところではあったけど、別にいい」
洒落た店内に似つかわしくない、物騒な言い回しだ。
それとは裏腹、上機嫌にすら見える彼の様子に、俺はひたすら気味の悪さを感じていた。
「別にいいって……え、何? 怖いんだけど。逆に殴ってくれた方が安心するっていうか……もしかして俺、近々海に沈められんの?」
「そんな面倒臭いことするかよ」
面倒臭くなければするのかよ。胸中でささやかに突っ込まざるを得ない。
玄は椅子に背を預けると、俺の身の安全を保証するかのように告げた。
「羊ちゃん、最近俺のこと意識してくれてるっぽいし。だから、まあ別にいい」