能ある狼は牙を隠す
やっとの思いでそう返すと、狼谷くんは嬉しそうに目を細める。
その手が不意に伸びてきて、私の頬をなぞった。
「か、狼谷くん……?」
じっと私の瞳を見透かすように、彼は真っ直ぐこちらを捉えている。
触れられた箇所が酷く熱い。またきっと、熱いのは彼の手じゃなくて、私の頬だ。
ついさっきまでずっと避けていたのに、いざこうなると突き放せない。否、突き放せるわけがない。
だって狼谷くんに触れられるのが嫌なわけじゃないし、近くにいてくれると温かい気持ちになる。
私は、狼谷くんと一緒にいたいんだ――。
「白先輩!」
宙を漂っていた思考が、その呼び声で現実に引き戻された。
直前、何か言おうとしていたのだろうか。口を開いた狼谷くんの視線が、私の背後に釘付けになる。
「もう、こんなとこで何サボってるんですか! 全然来ないから探しましたよ」
力強く後ろに引き寄せられたかと思えば、犬飼くんが私の右腕にしがみついた。いささか普段よりも荒々しい行為に、面食らってしまう。
「さ、サボってなんかないよ! いま委員会終わって、これから向かうところで……!」
「本当ですか〜? お喋りする余裕はあったみたいですけど〜?」