能ある狼は牙を隠す



窓から見える空が幻想的だ。橙色、桃色、それから藍色。
こんな絶妙な色合いをパレット上で作れたらなあ、とぼんやり考えながら階段を降りていく。

一人で気ままに思案顔をできるのも久しぶりのことだ。
ここ数日は犬飼くんと帰ることが多かったものの、今日は私が一人で作品に取り組む時間が欲しいと言ったから、彼は先に帰宅していった。

普段より少し遅くなってしまったし、お腹も空いた。何かカロリーの高いものをしっかり摂取したい気分だ。

バスを降りた後でコンビニでも寄ろうか、と思いを馳せていた矢先。下駄箱に着いた私の視界に、信じ難い光景が飛び込んできた。


「……狼谷くん?」


確かめるように呼んでしまったのは、彼がこの時間にいるはずもないからで。

壁に寄りかかり物憂げに俯いていた彼は、私の声に顔を上げた。


「あ、羊ちゃん。お疲れ」


心なしか、いつもより低く聞こえる。その表情は笑っているのに、憔悴しているようにも見えた。


「お疲れ様……って、狼谷くん、どうして」

「んー……ちょっとね」


そう濁した彼の視線が落ちる。
言いたくないこと、なのかな。だとしたら早く終わらせた方がいい。


「あ、じゃあ……またね」

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