能ある狼は牙を隠す


「羊ちゃん、おはよ」


下駄箱で上靴の踵を踏んでいた私に、狼谷くんは至って通常通りそう言った。

真っ直ぐな黒い毛先。揺れるピアス。穏やかな眼差し。
何ら変わりない。いつもの狼谷くんだ。


「……おは、よう」


すっかり毒気を抜かれてしまって、私は力なく答える。

家を出てから、バスを乗ってから、ここに来るまで。私はずっとずっと、必死に考えていた。

狼谷くんが私に望んでいるのは「女友達」としての関係だったはずで、私もそれを望んでいた。狼谷くんと距離を置くのは、本当は嫌だ。できることなら今まで通り仲良くしていたい。

だからこそちゃんとしようと思っていたのに、そんな時に突然あんなことを言われてしまって。

驚いた。動揺した。でも、嫌ではなかった。
多分、私は彼のことが大切なんだと思う。

狼谷くんが昨日伝えてくれた言葉が嘘だったなんて、そんなことは思っていない。彼の様子を見ていたら分かる。絶対に嘘はついていなかった。

だからこそ今、どうして目の前の彼が何事もなかったかのように振る舞えるのかが、全く分からない。


「今日暑いね。バスの中とか蒸れなかった?」

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