能ある狼は牙を隠す


どうして。なぜ冷静でいられるんだろう。
私は昨日の夜から今日の朝、今の今までずっと、悩んでいたのに。

彼にとって、「好き」とはその程度の気持ちなんだろうか。それとも、やはり疑いたくはないけれど、本気で言ったわけではなかったんだろうか。


『本命? いないよそんなの』


自分に言われたわけでもないその言葉が、不意に胸を突いた。

ああ。――私、だめだったんだ。

きっと狼谷くんのことを意識していたのがばれたんだ。当たり前だよ、あんなに避けていたんだから。

私じゃ「友達」は務まらないって。結局、その他大勢のうちの一人でしかないって。そういうことなんだ。

いつからこんなに贅沢になったんだろう。狼谷くんが笑ってくれたら嬉しくて、それで十分だったのに。

私はいつから、彼の特別になりたいと願ってしまったんだろう。


「羊ちゃん?」


狼谷くんを責める資格なんてない。
好きの重みは人それぞれだ。私の価値観を押し付けてどうする。

彼は元々、そういう人だって。初めからよく分かっていたじゃない。


「……うん。すごく暑くて、嫌になっちゃうね」


完敗だよ、狼谷くん。
約束はいっこも守れなかったから、針千本飲ませていいよ。

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