能ある狼は牙を隠す



「痛っ」


隣で作業中の犬飼くんが、唐突に声を上げた。


「どうしたの? 大丈夫?」

「あー……はい、大丈夫です。ちょっと紙で切っちゃっただけなんで」


手をぶらぶらと揺らし、彼は眉尻を下げる。

確か絆創膏があったはず。そう思い至って、私はポケットに手を入れた。


「はい、これ使って。紙で切ると結構痛いよね」

「えっ、いいんですか? すみません……」


遠慮がちに伸びてきた犬飼くんの手を見て、思わずぎょっと目を見開く。


「犬飼くん!? どうしたの、これ!?」


既に絆創膏だらけの指は、酷く痛々しい。彼は気まずそうに頭を掻いて、口を開いた。


「はは、ちょっと寝ぼけてて……今朝部屋から出て階段降りる時に、やっちゃいました」

「ええっ! 痛そうー……利き手じゃなくて良かったね……」

「そうなんですよ。危うく筆を持てなくなるところでした」


ドジというか、最早そこまでいくと事故というか……。
いつかとんでもない目に遭ったりしないだろうか、と不吉なことを思ってしまう。

なんとはなしに見上げた犬飼くんの目の下には、珍しく隈ができていた。寝ぼけていたとさっきも言っていたし、よく眠れなかったんだろうか。


「犬飼くん、今日はもう帰った方がいいんじゃない?」

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