能ある狼は牙を隠す
確かに顔色が悪い。寝不足が祟ったんだろうか。
とにかく、今すぐ一人で帰らせるのは可哀想だ。
「歩ける? 保健室行こう」
俯く犬飼くんに声をかける。
彼は私の袖を引くと、「先輩」と縋るように言った。
「肩、貸して下さい……」
「うん、いいよ。ゆっくりで大丈夫だから」
答えた途端、犬飼くんの頭が重くのしかかってくる。腰に腕を回されて、彼の体温が伝染りそうだった。
美術室を出て、保健室へ向かう。
高校生で、しかも年下とはいえど、男の子を支えながら歩くのはなかなかに堪えた。
保健の先生は職員室にいるという旨の張り紙を見つけて、犬飼くんを座らせるのが先決だとため息をつく。
「犬飼くん、着いたよ。一回横になろう。多分このベッド使っていいと思うから」
ゆっくり彼の腕を離して、ベッドカーテンを開ける。
犬飼くんは大人しくそこに腰を下ろすと、焦点の合っていない目で私を見上げた。
「先輩、どこ行くんですか……?」
背を向けようとした時、舌っ足らずな声と共に腕を掴まれる。
「先生を呼びに行くだけだよ。すぐ戻ってくるから」
「嫌です、一人にしないで下さい……」