能ある狼は牙を隠す
今にも泣き出しそうな顔の犬飼くんに、少々困ってしまった。
風邪や寝込んだ時に心細くなるというのはよく聞くけれど、こんなに幼児退行する場合もあるんだろうか。
「えーと……とりあえず寝ようか、ね?」
半ば強引に彼の上体をベッドへ押さえつけて、上から布団をかける。
眉根を寄せて私を見つめる犬飼くんは、離れていく母親を咎める子供のようだった。
恐る恐る後ずさった私に、彼が慌てた様子で起き上がる。
「先輩っ」
「わっ……!」
彼の両腕が腰に回った。頭をぐりぐりとお腹に押し付けられて、完全に捕まってしまう。
「だめ、行かないで下さい……一人にしないで……」
「い、犬飼くん! 落ち着こう!? 大丈夫、ほんとにすぐ戻るから!」
「やです。僕、先輩がいないと寝れない……」
どうしたものか。離してもらえないと、一向に先生を呼びに行けない。
とりあえず気持ちが落ち着くまではこのまま黙っていた方がいいのかな。そう諦めて、私は犬飼くんの背中をさすった。
何となくだけれど、私もお母さんにこうしてもらって泣き止んだ記憶がある。
「犬飼くん、大丈夫。どこにも行かないよ。大丈夫だから」