能ある狼は牙を隠す
激しく動揺しながらも、何とかそう返す。
しかし私は何かを間違えたらしい。
狼谷くんは大きく息を吐いてから舌打ちをすると、突然私の首筋に唇を寄せた。
「ひゃ……!?」
つ、と彼の舌が下から上に這っていく。そのまま耳まで到達すると、苛立たしげな声が囁いた。
「他の男の名前なんて呼ばなくていい。羊ちゃんが呼んでいいのは、俺の名前だけ」
「いっ、」
耳朶に噛みつかれ、思わず歯を食いしばる。
彼から痛みを与えられたのが初めてで、驚愕に思考が霞んだ。
「最初からこうしとけば良かったね。どっちみち手放すつもりなんてなかったんだから」
狼谷くんはそう吐き捨てると、私の両腕を押さえつける。
「狼谷くん……何を、」
「何って、分かるでしょ。男女がベッドですることなんて一つしかないよね?」
はっきりと告げた彼に、心の中が絶望で塗り潰された。
何で、そんなこと言うの。どうして見下したように笑うの。
私が知ってる温かくて優しい狼谷くんはどこへ行ったの。
「ま――待って、狼谷くん」
「待たないよ。もう我慢しない。……あいつに取られるなんて、絶対に御免だ」