能ある狼は牙を隠す
狼谷くんが私の名前を呼ぶ。いつものように、柔らかく、穏やかに。
「どうして泣くの……」
嫌だよ。やっぱり、嫌だなあ。
ただのクラスメートだったら、狼谷くんがこんなにあどけなく笑うことも、イチゴミルクが好きなことも、何もかも、知らずに終わってたんだ。
クラスメートの一人だなんて、そんなの嫌だ。友達の今ですら、私は欲張りだっていうのに。
「泣かないでよ……泣かれたら、もう……どうしていいか分かんない」
私は悲しかったんだ。ショックだったんだ。
もう用済みだって。他の女の子と変わらなかったねって。そう言われているみたいだった。
『体だけの関係。そういう「友達」だよ』
だって、私もこれからそうなるんでしょう? 他の女の子にしてきたみたいに、あの日保健室でしていたみたいに、私にもするんでしょう?
一度そっちへ行ってしまえば、もう二度と戻ることはできない。もう二度と、狼谷くんの「特別」にはなれない。
「ごめん」
腕の拘束が緩む。
「ごめん……最低だ俺……」
滲んだ視界の中、狼谷くんが弱々しく垂れ流すのが聞こえる。
「余裕ないんだ……あいつに取られたらって、そう思うだけで気が狂いそうになる……」
ベッドが揺れて、彼が私の上から退いたのが分かった。
呆然と見上げるだけの私に、狼谷くんは切なげに顔を歪める。
「ごめんね。もう、……全部やめるから」
それが、彼が背を向ける前の最後の言葉だった。