能ある狼は牙を隠す
慎ましやかなサイズのローファー。その中に入っていた紙切れを取り出して掲げ、奈々を見やる。
「あ……違、違うの……それは、」
「違う? 俺はただここがどうしたのかって聞いただけ」
まあ、しらばっくれたところで意味はないが。彼女が羊ちゃんの下駄箱に何か小細工をしていたところはしっかり目撃したし、そうでなくとも十分怪しい。
折りたたまれていたそれを開くと、「玄と別れろ。私の玄を返せ」といった恨み辛みが書いてあった。ため息すら出ない。
「……ふざけんのも大概にしろよ。くだらねえ」
舌打ちしてそう零した俺に、奈々は漆黒の瞳を見開いた。
「くだらないって……そんな、言い方」
「くだらねえよ。反吐が出る」
無遠慮に吐き捨てると、彼女はきつく唇を噛む。そして数秒の後、ヒステリックに叫んだ。
「だって、玄が言ったんじゃん! 好きって……私だけって……だから私、玄が他の子としてても我慢したのに!」
奈々は「愛されること」を求めていた。
彼女の家庭環境の話は以前聞いたことがある。両親は離婚。父親が家を出て、夜の仕事で酒や男に溺れる母親。
満たされたいと言っていた。誰かに愛されたいと。
そんな彼女に酷くシンパシーを感じて関係を持ったのは確か、一年前だった。