能ある狼は牙を隠す
そう、奈々は何一つ見当外れなことは言っていない。
出会ってから今まで、最も長く関係を続けてきたのは彼女だし、俺のことを分かっているのも彼女だろう。
でも違う。俺は彼女を「愛して」いないし、彼女も俺を「愛して」いない。
錯覚していただけだ。俺はそれを先に気付いてしまっただけの話だった。
だってあの子と出会ってから、俺の目の前に広がる世界は何もかも変わってしまったのだから。
誰かを好きになるということ。笑っていて欲しいと思うこと。慈しみ、守りたいと思うこと。
その全てが眩しく温かく、本当の愛情は何物にも代え難い。
「私は玄のこと、信じてた。玄しかいないと思ってた。『運命』だったのに……玄は違うの?」
運命、か。思わず鼻で笑ってしまう。
何とも稚拙な表現だ。彼女の世界は狭い。運命などと決め打つには早すぎるというのに。
「知らないよそんなの。運命なんて、そんな簡単なもんじゃないでしょ」
簡単じゃない、ちっとも。あの子と自分が運命だったら――なんて、ありもしないのに考えてしまうのだから。
「奈々」