能ある狼は牙を隠す



「好き」


何度も頭の中で繰り返した、彼女への気持ち。

まだ伝えるべきではないと思っていた。羊ちゃんが俺のことを意識しているとはいえ、俺のことを好いていると勘違いできるほど浮かれ野郎ではない。

彼女にとって俺はただの男友達だ。
それに、羊ちゃんは優しい。だから今まで拒絶することなく接してくれたんだろう。

言うな。伝えるな。まだ引き返せる。
しきりに警鐘を鳴らす脳内に荒波を立てて対抗したのは、強い焦りと嫉妬心だった。

俺は分かっていなかった。彼女をゆっくり、丁寧に囲ったところで、その瞳がこちらを向いていないと意味がないということを。

彼女が欲しい。それは前も今も変わらない。
しかし俺は、少し前よりもっと欲深くなっている。


「俺、羊ちゃんが好き」


本当に欲していたのは、彼女自身というよりも、彼女の気持ちだったのだと。
それに気付いてから、自分の貪欲さに吐き気がした。


「……ごめん。都合良すぎる、よな」


本当に、嫌になる。
理由なんてどうでもいい。同情でもいい。顔だけでもいい。ただそばにいてくれるだけで。
そう思って彼女の手を引いたのは自分のくせに、俺の全てを受け入れて欲しいと浅ましくも望んでいた。

気遣わしげに俺の名前を呼んだ彼女は一体どんな顔をしていたのか。今となっては、分からない。

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