能ある狼は牙を隠す
やめろ。やめてくれ。
「ほんとに?」
ゆっくりと顔を上げた男と、目が合った。瞳は俺を捉えたまま、口角が物々しく上がる。
「うん、ほんと」
彼女がそう答えたのと同時、勝ち誇ったような笑みが俺を嘲った。
そこからは無我夢中だ。
すぐ隣の職員室に駆け込み、養護教諭の肩を叩いた。
余裕なんて単語は、とうの昔に置いてきてしまった。
彼女の前では優しく穏やかに振る舞うよう心がけていたのに、頭に血が上って無を取り繕うのが精一杯だった。
辛い。苦しい。いっそ憎い。
やっぱり言うべきじゃなかった。「好き」だなんて、彼女を困らせるだけだ。
もう二度と今まで通りには戻れない。ただ隣で笑ってくれていた日常が懐かしい。
俺はもうどうしたらいい。後にも先にも行けず、こんな地獄の中をさまよい続けなければいけないのか。それが俺の報いなのか。
好きになって欲しいなんて、もう望まない。だったらせめて、他の男に取られるようなことは。
「待たないよ。もう我慢しない。……あいつに取られるなんて、絶対に御免だ」