能ある狼は牙を隠す
縋るように掴まれた手の感触を思い出す。
私はあの時、彼のことをまだまだ分かっていなかった。
怖いなあって。とんでもない人だなあって。そんな感想が先に浮かんで、狼谷くんの寂しそうな空気をきちんと受け止めてあげられなかった。
本当に、嫌になる。
リセットしたくて誰もいないところへ足を運んだのに、また狼谷くんのことばかり。家でも学校でも、ぐるぐる馬鹿みたいにそのことばっかり考えて。
分かっちゃったんだ。今まで狼谷くんと話したり笑い合ったりできていたのは、たまたま委員会が同じだったからじゃない。時の経過が自然にそうさせたからでもない。
狼谷くんが、私に歩み寄ってくれていたからだ。
挨拶もそう。遊びに行ったのもそう。全部全部、狼谷くんからだった。
私はずっとそれに甘えていただけ。いま彼に距離を置かれて分かった。私たちのコミュニケーションが、どれだけ彼発信だったのかを。
寂しい、だなんて。そう思う資格はない。
だって彼はずっと真っ直ぐに伝えてくれていたんだから。蔑ろにしたのは私だ。
他でもない、私が。彼の温情を無駄にしてしまっていたんだ。
『羊ちゃん、泣かないで』