能ある狼は牙を隠す
脳内で再生された言葉。
瞬間、膝の上で握り締めていた手の甲に水滴が落ちて、思わず苦笑した。
すごいね。どうして分かったの、狼谷くん。私いま、自分でも気が付かなかったよ。
こんなに苦しいのも、頭が痛いのも、見て見ぬふりをしなくちゃいけなかったのに。
ずっと胸の奥で燻っていた。それが何なのかは分からなくて、でも蓋を開けてはいけない気がして。
気のせい、がいつの間にか確信に変わった。絶対に開けてはいけないパンドラの箱。
でも、無理だよ。ボタンを押すなと言われたら押したくなるし、扉を開けるなと言われたら開けたくなる。
もうそうなってしまったら負けだ。開けるまで、永遠に気になって仕方ないんだから。
私、狼谷くんのことが好きだ。
最初から抗えるわけなかった。好きになっちゃだめ、なんて。そう思った時点でもう手遅れだ。自分で暗示をかけているようなものだったんだ。
「白先輩」
あまりにも唐突だった。
俯いたまま肩を揺らした私の隣に、腰を下ろす気配がする。
「泣いてるんですか?」
覗き込まれそうになって、慌てて顔を背けた。今の私は、人に見せられる顔をしていない。
「……どうして最近、全然部活に顔出さないんですか。今日もすぐ帰っちゃうし」