能ある狼は牙を隠す
知らないでしょう。狼谷くんがどんなに優しくしてくれたのか。私にずっと向き合ってくれていたのか。
狼谷くんの優しさがみんなに伝わればいいのにって、そう思ってた。今だって思う。
それなのに、私はいつからこんなに欲深くなったの。狼谷くんが優しいのは私だけの秘密にしたい――なんて、考えるようになってしまった。
友達でいたいのに、特別になりたくて。心臓が痛いくらい跳ねてもたないから触れないで欲しいのに、距離を置かれるとどうしようもなく辛い。
好きになっちゃだめだったのに、好きだ。
矛盾だらけでちぐはぐな気持ち。誤魔化して引き摺って曖昧にしていたものを、ようやくいま割り切った。
狼谷くん。ねえ狼谷くん、声が聞きたいよ。もう恥ずかしくても逸らしたりしないから、ちゃんと約束守るから。
だからせめて離れていかないで。
「次狼谷くんのこと悪く言ったら、もう口利かないっ」
「白先輩!」
叫んでから駆け出す。
背後から追い縋るような声が聞こえたけれど、振り返らなかった。
少し経ってから、ああそういえばあの時も慌てて走って帰ったな――と、記憶を辿っている自分に頭を振る。
いつの間にか、狼谷くんでいっぱいだった。