能ある狼は牙を隠す



「狼谷せんぱーい」


階段を下る背中に、わざとらしく声を高めて投げかける。
顔だけ振り返った男の眉根は、迷惑そうに皺が寄っていた。


「何」

「そんな怖い顔しないで下さいよぉ。僕これでもあんたには感謝してるんですから」


綺麗で尊い白先輩に、ここ最近寄り付く穢らわしい男。夏休み明けに降って湧いた噂は、こいつと白先輩が付き合っているというものだった。

意味が分からない。有り得ない。
白先輩は誰にでも平等に優しい、女神のような人だ。何を勘違いしたのか知らないが、外野が勝手に騒ぎ立てて吹聴したのだろう。全く、本当に不愉快だ。

これまで彼女の周りに男の影はなく、絵に書いたような清い高校生活を送る白先輩を、僕もずっと傍で見守ってきた。
みんな分かっていない。彼女がどれだけ高尚な存在なのかを。だから僕が守らなければいけないのだ。

どのみち先輩と過ごす高校二年間、何の邪魔も入らずに終わるとは思っていなかった。まあ流石に、最初に駆除するのがこれほど凶悪な害虫だとは予想していなかったが。


「感謝? 恨んでる、の間違いだろ」

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