能ある狼は牙を隠す
慌てて彼女の両肩を掴み、半ば強制的に上体を起こす。
「日誌、書けばいいんだよね?」
「い、いいんですか……?」
私の問いかけに眉尻を下げて、田沼さんは安堵したように息を吐いた。
今日の日直は田沼さんと霧島くんだったはず。
軽く教室内を見回しても霧島くんの姿は見当たらないし、恐らくもう部活に行ってしまったのかもしれない。
「助かります! 本当に、すみません……ありがとうございます……」
ぺこぺこと何度も頭を下げて、田沼さんは足早に教室を出て行った。
何か急用があったのかな。そうでもないと真面目な彼女が頼み事をするなんて滅多にない。
文字を書くのは嫌いじゃないから、日誌を書くのもそんなに苦じゃなかった。
幸い、今日はちゃんと見たい番組を録画してきたから急ぐ必要もないし。
掃除当番がほうきや雑巾を持って教室掃除を始める。
私は日誌と鞄を持って、廊下に屈んだ。
「あれ、羊。帰らないの?」
カナちゃんが歩み寄ってきて、私の腕の中に視線を落とす。
「今日、日直だったっけ……?」
「違うよ。ちょっと頼まれたんだ」
「ふーん……じゃあ私も手伝うよ。黒板消してくるね」