能ある狼は牙を隠す
彼女の中から完全にこの男の存在を抹消する。それが今為すべきことだ。
中途半端に引き離す程度ではだめだった。もう二度と先輩の視界に入らないよう、徹底的に排除しなければならない。
嫌だと言われたところで、こいつが先輩の前から消えるのは決定事項だ。自ら去ってくれるか、僕が根回しするかの違い。
この男の悪行は十分すぎるほど掴めている。上手く教師を言いくるめれば、退学処分だって難しくないだろう。僕が「お願い」するのだから。
「何か勘違いしてるみたいだけど、」
そう前置いた男は、ゆっくりと体を向ける。
「別に俺は『お前のために』彼女から距離を置いたわけじゃない」
は? と、自分の喉から声が漏れた。
切れ長の目がこちらを見つめている。
「今の彼女にとって最善だと思ったからそうしただけだ。消えようと何しようと、それが彼女のためになるなら言われなくてもそうする」
「……は、分かってんじゃないすか。だったら――」
「ただ、その判断は俺がする。お前の指図は受けない」
何なんだ、こいつは。僕が塵相手に頼んでいるというのに。
何が彼女にとって最善だ。彼女のためだ。そんなもの、ただ自分の欲求を表面的に取り繕っただけだろう。
「なにいい加減言ってんすか? そんなん、あんたが先輩から離れたくないだけでしょ」