能ある狼は牙を隠す
本当に彼女のことを思うなら、身を引けばいい。まさか自分が彼女につり合うとでも思っているのだろうか。勘違いも甚だしい。
「ああ、そうだよ」
一際低い声だった。今の今まで隠し持っていた牙を向けるかの如く、男は鋭く僕を威嚇する。
「いつ俺が彼女を手放すと言った? 『今の』彼女にとって、こうするのが一番だからそうしただけだ。一生このままでいる気なんてねぇよ、毛頭」
俺が消えるのは、彼女が死んだ時だ。
最後にそう付け加えた男に、嫌悪で顔が歪む。まざまざと見せつけられた狂気ともとれる執着は、とことん気味が悪かった。
「……穢らわしい。醜いな」
耐えきれず呟くと、「お前にだけは言われたくない」と返ってくる。
その言葉を聞いて、頭に血が上った。
「はあ? 一緒にすんな。そんな汚い感情、先輩に向けるのなんて許されねぇんだよ」
「じゃあお前がいま俺に向けてるその感情は何なわけ。嫉妬じゃないの」
嫉妬? 笑わせてくれる。
お前と同じ土俵になんて立った覚えはない。僕が先輩に対してそんな感情を抱くわけがないだろう。
「ただの害虫駆除だ。白先輩をお前みたいなクズから守るためにこうやって――」
「そんなん、お前のエゴだろ」