能ある狼は牙を隠す
瞬間、脳味噌を揺さぶられるような衝撃が僕の胸を突いた。
開いた唇から紡いだ空気が、微かに震える。
「……エゴ、だと?」
「外へ出さずに育てた生き物はすぐに死ぬ。免疫がついてないからだ。大事に囲ったはずなのに、邪魔な物を排除したはずなのに、長生きはできない」
「何の話をして、」
「てめえの話だよ、ガキが。みっともなく嫉妬してるくせに正当化してんじゃねえ」
つらつらと訳の分からない話を始めたかと思えば、男は突然語気を荒らげた。
階段の下から物騒な視線でこちらを責め立ててくる。意図せず背筋が伸びた。
「色恋沙汰なんて汚ぇもんなんだよ。お前も俺も、彼女もだ。まっさらな人間なんていない。全員汚くて醜い感情がある」
「白先輩を侮辱するなッ!」
ただでさえ腸が煮えくり返るほど、怒りに目の前が赤く染まっているというのに。
白先輩が汚い? 何を言っているんだ? こいつは頭がおかしいのか?
「侮辱してんのはどっちだよ。お前、さっきから何なの。気持ち悪いんだけど」
そう吐き捨てる男の顔は能面のように無表情だ。
「いいこと教えてやるよ。何でお前がそんなに俺が憎いのか、彼女を綺麗に守りたいのか」