能ある狼は牙を隠す
悪戯っ子のように歯を見せて笑う彼に、安堵して力が抜けた。
犬飼くんはそのまま私の顔を見つめると、笑顔をしまって鋭く問う。
「先輩、何を言われたんですか?」
「え?」
彼の手が肩から下へ降りていく。それに伴うようにゆっくりしゃがみ込んだ犬飼くんは、私の両手を握った。
「あの男に、脅されてますか? 言って下さい。僕が力になりますから」
「えっ、えっと……え? ごめん、何のこと……?」
隠さなくていいんですよ、と気遣わしげに囁いて、彼は跪く。
「あいつのことを悪く言わないようにって、きつく叱られましたか? それとも、暗示でもかけられたのかな……」
「い、犬飼くん?」
「酷い男ですね。大丈夫です、僕がついてますから。あんな男――いや、他の男も、人間も全部穢らわしいですね。こんな世界、綺麗なのは先輩だけだ……」
また、だ。また犬飼くんの暴走が始まった。
せっかく謝ろうと思っていたのに、何だか気圧されてしまって口を挟めない。
「先輩。他の奴らは全員、嘘しかつきませんよ。自分をよく見せるために、平気で嘘をつく。僕にしましょう? 信じていいのは僕だけです」