能ある狼は牙を隠す
若干物騒な比喩におののきつつ、頬を引き攣らせて相槌を打った。
「羊はさ」
「うん」
「あの時、怖いから泣いてたんじゃないよね?」
カナちゃんの質問に、私は顔を上げる。
「いや、もちろん怖いのもあったんだろうけどさ。なんていうか、むしろ犬飼くんの方がズタズタだったから」
この子は本当にすごいなあ、とため息をついてしまった。
正直、怖さで泣いたことはあまりない。ホラー映画を見ても心臓は縮むけれど、それだけだ。
「ちょっと腹が立ってしまって」
俯いて小声で言うと、カナちゃんが呆けたように繰り返す。
「……腹が、立った?」
「なんか……だって犬飼くん、ずっと私の意見聞いてくれないんだもん。違うって言っても逆ギレされるし、もう困っちゃって」
あそこまで話が通じない人とまともに議論を交わしたのは初めてで、思わず愚痴のように零してしまう。
カナちゃんは黙って私の言い草を聞いていたかと思えば、突然大声で笑い出した。
「いや――ほんと、肝据わってるわ……飽きないねえ羊は……」
「え? ごめん、何か私変なこと言ったかな……」