能ある狼は牙を隠す
まさか彼からお世辞でも心配の言葉が聞けるとは思っていなかった。ただでさえ話すのが久しぶりだというのに、それがこんな内容で本当にやるせない。
「結構打ったでしょ。冷やした方がいいよ」
数歩近寄って私の額を見た狼谷くんが、至極冷静に言う。
「保健室行こ」
「えっ、」
反射的に顔を上げ、彼の発言に驚いていた時だった。
「岬」
狼谷くんは私に背を向けて津山くんを呼ぶと、当たり前のように告げる。
「羊ちゃん保健室に連れてってあげて。手当てお願い」
――ああ、なんだ。
がっかりしている自分に唇を噛む。当然だ。狼谷くんが付き添ってくれると一瞬でも思ってしまったのが馬鹿みたい。
津山くんは困惑したように私と狼谷くんを見比べた後、渋々といった様子で立ち上がった。
「……白さん、行こうか」
珍しく眉尻を下げて笑う彼に、困らせているな、と。心底申し訳なくなる。
「うん。……ごめんね」
手間を取らせてごめんね、なのか。板挟みにさせてしまってごめんね、なのか。
実に曖昧な謝罪で誤魔化して、私は津山くんの背中を追いかける。
「ほんと、白さんってやっぱり天才だと思うんだわ」