能ある狼は牙を隠す
いつぞやかのように私に保冷剤を手渡した津山くんは、振り返って肩を揺らした。
「高校生にもなってたんこぶって……コケてぶつけるって……」
「津山くん……」
傷口に塩を塗りこまないで欲しい。
保健室に着いて早々、保健委員の彼は手際良く手当てをしてくれた。それは非常に有難い。
そして多分、暗い顔をしている私をそれとなく励まそうとしているのも、何となく感じ取れた。
普段通り明るく振る舞う津山くんは、近くの椅子に腰を下ろす。
「玄と何かあった?」
変わらぬトーンに、少し滲む心痛の響き。
「ごめん。俺、遠回しに聞くのとか苦手だからさ。嫌なら全然無理して話さなくてもいいよ」
はは、と気遣わしげに笑った彼の眉尻が、また下がった。
今更津山くんに取り繕ったところで、全部バレているんだろう。
小さく息を吐き出してから、私は瞼を閉じる。
「……私、どうしたらいいか分からなくて」
ううん、嘘。言いたいのはそんな中途半端なことじゃない。
だって自分でも分かってるはずだ。このまま距離を保って狼谷くんと接するのが正解なんだって。
でも、私は。それじゃ耐えられなくなってしまった。
「狼谷くん、もう私には笑ってくれないから……ほんとは、ちゃんと割り切らなきゃいけないって思うんだけど」