能ある狼は牙を隠す
灰色の地面と、小刻みに震える自分の膝。
深呼吸をして顔を上げる。
「本当にご不快だったかもしれませんが、これ以上は勘弁して頂けないでしょうか! 本人も反省しているようなので……! あの、右と左それぞれ一発ずつ入ったということでここはひとつ――」
「こらお前たち! 何してんだ!」
お引き取り下さい、までは言えなかった。
先生の怒声が飛んできて、びくりと肩が跳ねる。
状況を説明しているのか身振り手振りで話す女子生徒に耳を傾けながら、先生が近付いてきた。
他校の男子生徒に「ちょっと来なさい!」と喝を入れた先生が、狼谷くんの方を見てぎょっと目を見開く。
「おい狼谷、大丈夫か。話は……とりあえず後で聞くから、先に怪我の手当てしてもらえ」
話を聞いてやって来たのか、保健の先生が「早く行くよ!」と彼の背中を押した。
それに従いながらも、狼谷くんが後ろ髪を引かれるような様子で私に視線を寄越す。唇の端は血が滲んでいた。
「ええと、白は何でいるんだ……?」
「あっ、え、その、」
「まあいい。速やかに教室戻るように」
「はい……」
結局意味もなく現場をかき乱しただけだった……。
虚無感に襲われながらも、先生の指示に大人しく頷く。
遠ざかる狼谷くんの背中を見つめながら、なんてタイミングが悪いんだ、と静かに、しかし遠慮なく息を吐いた。