能ある狼は牙を隠す



「お疲れ」


グラウンドで野外ステージを眺めていた私に、カナちゃんが後ろから顔を出した。

色んな意味を含んだ労いの言葉だったんだろう。
謙遜できるほど元気もなかったので、素直に「ありがとう」と受け取ることにする。

教室を飛び出していった私を見て、唯一驚かなかったのがカナちゃんだった。


「……まあ、羊が落ち込むことないんじゃない。色々と」


逡巡しているのが分かるフォローだ。
本当は落ち込んでいるというよりも、疲れていると言った方が正しいんだけれども。

訂正するのも億劫で、黙って頷いた。

後夜祭は予定通り進行されて、まもなくそれも終わりといったところだった。
一番最後には小さい花火が打ち上がるのが何年も前からの伝統で、近所の人も密かに楽しみにしているみたい。

花火とくればやはりカップルで見上げるのが定石だから、後夜祭の時は暗黙の了解でクラスごとに並ばされることはない。かなり自由な空間だ。

狼谷くんはあれから保健室へ連れて行かれて、恐らくそのまま職員室に直行だろう。教室からグラウンドへ移動するまで、彼はとうとう現れなかった。


「もう皆さん待ちきれないんじゃないですか〜? 盛り上がる準備、できてます〜?」

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