能ある狼は牙を隠す


涙でぐずぐずになって、声が潤んだ。
嗚咽を堪える私を、狼谷くんが呆けたように見上げる。

その眉根が切なげに寄って、唇は震えていた。

酷く迷っているような瞳に、そうか、足りなかったんだな、と思い至る。


「狼谷くん、」


固まったままの彼を、優しく抱き締めた。
回した腕にぎゅっと力を込めて、私は告げる。


「好きだよ」


口にした途端また涙が溢れて、鼻を啜った。


「私、狼谷くんが好き。ずっと……ずっと言えなくてごめんね」


逃げてばっかりで、与えてもらうばっかりで。
狼谷くんはずっと向き合ってくれていたのに、私はちっとも分かっていなかった。


「私、臆病者だから。もう友達は終わりって言われたらどうしようとか、他の女の子ともこんな風に話してるのかな、とか……そんなことばっかり気にして、ずっと言えなかった」


彼の言動を百パーセント信じ切れていない自分が、何よりも嫌いだった。
好きだって思うのに。いちいち気になって、疑心暗鬼になって、やっぱり違うと思ってしまった自分が。


「でも好きなの。優しくて、温かくて、ちょっと寂しがり屋な狼谷くんが好き。笑うとえくぼができるのも、意地悪言うとき目がちっちゃくなるのも、変なとこ几帳面なのも、全部好き」

< 353 / 597 >

この作品をシェア

pagetop