能ある狼は牙を隠す
はあ、と吐き出された息が妙に艶っぽい。
狼谷くんは私の肩に頭を沈めると、「理性……理性……」と呪文のように呟いた。
「ああ、もう……どうしよう、羊ちゃん」
「うん?」
「俺いま、幸せすぎて溶けちゃいそう……」
その声が本当に溶けそうなくらい蕩けていたから、私は彼の背中をさすって聞いてみる。
「ふふ、溶けたらどうなるの?」
「死んじゃう……」
「それは困るかなあ……」
斜め上の回答に、たじろいでしまった。
甘く穏やかな空気が漂う中、不意に炸裂音が響き渡る。夜空を見上げた私に、狼谷くんも顔を上げた。
彼と花火を見るのはこれで二回目。
一回目は偽物のカップルだったけれど。今は正真正銘、本物だ。
「綺麗だね」
「うん、可愛い」
「……花火の話だよ?」
狼谷くんが至極当然のように答えるから、危うくスルーしてしまうところだった。
そうやって突っ込めるほどには、彼からの愛情をしっかり自分の中で受け止めることができているようで。
沢山間違った分、沢山やり直そうね。
夜闇に咲き誇る花々を眺めながら、静かにそう語りかける。
うん、と浮ついた声が返事をして、私は視線を戻した。
「……狼谷くん、いま花火ちゃんと見てた?」
「ううん、羊ちゃん見てた」
始まったばかりの恋路の行く先は、きっととても幸福だ。