能ある狼は牙を隠す


彼が指しているのは、委員会の方の提出物だ。
そういえば、狼谷くんはいつも私がこの場で書き上げるのを見届けてから帰っていた。


「あ……えっと、日誌と一緒に出しに行こうと思って。日誌もまだ書き終わってないから、教室で作業しようかなと……」

「日誌?」


狼谷くんは眉根を寄せて、僅かに首を傾げる。
綺麗な黒髪が、さらりと揺れた。


「羊ちゃん、今日日直じゃないよね?」

「えーと……うん。ちょっと、頼まれて」

「また?」

「ま、また……?」


びっくりして、聞き返してしまった。
何で狼谷くんが知ってるんだろう。カナちゃんくらいしか知らないと思っていた。


「昨日も黒板消してたじゃん。めちゃくちゃ背伸びして」

「あはは……見られてたか……」


よりによって情けないところを。
頬をかいてぎこちなく笑ってみせると、狼谷くんは立ち上がる。


「あ、えっと、お疲れ……」


軽く手を振った私に、彼は「何言ってるの」とため息をついた。


「羊ちゃんも行くよ。教室でやるんでしょ」

「……えっと?」

「日誌。書いてて。俺はこっち書くから」

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