能ある狼は牙を隠す
自信なさげに微笑む彼に、私は我に返って大袈裟なくらい首を振った。
「謝らないで……! あの、全然迷惑とかないし、私もその……嬉しかった、ので」
言いながら顔が熱くなっていくのが分かる。
彼を直視できずに俯いていると、その長い足が距離を詰めてきた。
ふわりと香水が香る。
と、狼谷くんの手が私の前髪をやんわり掻き分けた。
何だろう、と恐る恐る視線を戻したその時。
「……好き」
「え、」
耳元で低く囁かれたかと思えば、次の瞬間には彼の唇が私の額に押し当てられていて。
眼前に迫る端正な顔立ちに、ただただ圧倒されてしまう。
「か、狼谷く……!?」
「真っ赤。かわい……」
唇を離した彼の目が、 蕩けたように揺れた。
その視線に捕らわれそうになった寸前で、現在の状況を思い出す。
周囲を見渡すと、通学途中の生徒が絶賛赤面中だ。皆一様にこちらをちらちらと見ては、気まずそうに目を逸らす。
そして私は、最も重要なことを忘れていた。
「……えーと、つまり二人はそういう仲って解釈でいい?」