能ある狼は牙を隠す
とんとん、と狼谷くんが指先で委員会のファイルを叩く。
言葉の意味を理解して、私は勢い良く立ち上がった。
「わっ、えっと、ごめん! そんなつもりで言ったわけじゃ……」
遠回しに手伝ってと言ってるみたいに聞こえたかもしれない。
弁解しようと拳を握る私に、狼谷くんは背中を向けた。
「別に委員会のに関しては、俺の仕事でもあるでしょ」
行くよ、と今度こそ歩き出した彼を、急いで追いかける。
ちょっぴり申し訳ない反面、優しくしてもらって嬉しかったり。
結局、狼谷くんの方が早く書き終わって、私が日誌を書いている間に黒板も消してくれた。
「狼谷くん、ありがとう」
黒板に向かう背中に、私は投げかける。
やっぱり几帳面なんだと思う。
白い筋が残らないように、力強くゆっくり黒板消しを下ろす動作。すごく丁寧で、真面目な人の消し方。
「黒板消すの、上手だね」
日誌を書き終わって、狼谷くんの横からひょっこり顔を出した。
彼は私を見下ろすと、小さく笑う。
「……なにそれ」
小学生かよ、と返した狼谷くんに、こちらも頬が緩んだ。
不思議だ。ほんとに全然、怖くない。
少し前は怖くて仕方がなかったのに、今は平然と横に並ぶことができる。
笑うとえくぼができて、ちょっとだけ幼くなる。
この顔を見てしまったら悪人には見えないんだ。
「私、狼谷くんの笑った顔好きだなあ」