能ある狼は牙を隠す


彼女の心配は有難いものの、文化祭からまだ二週間ほどしか経っていない。

モーニングコールに始まり、バス停での待ち合わせ――というか狼谷くんが待ってくれているだけなんだけれども――、それから教室までは手を繋ぐ。
この流れが習慣化しつつあり、最初の数日は本当に恥ずかしかった。

とはいえ、慣れとは恐ろしい。今でももちろん緊張はするけれど、心臓が爆発しそう、なんていうことはなくなった。
それに何より、私だって狼谷くんと一緒にいられるのは嬉しい。恥ずかしさよりもそれが勝ってしまって、結局彼の優しさに甘えていた。


『今まで足りなかった分、これからはちゃんと言葉にする……全部言う。毎日言う』


あの宣言は本気だったらしく、次の日から彼は本当に毎日「好き」と伝えてくれるようになった。一日も欠かさない。それも一回や二回ではなく、一日に何度も。

嫌なわけはないんだけれど、あまりにもストレートすぎる愛情表現に私は悩まされる日々だ。経験値が低すぎて、どうしたらいいのかさっぱり分からない。


「まあ羊が幸せなら何でもいいんだけどさあ……」


記憶を掘り起こして一人頭を抱える私に、カナちゃんは少し憂いを含んだ声でそう零した。

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