能ある狼は牙を隠す
九栗さんが言いつつ左前方に顔を向けた。
同様に視線を上げた私に、彼女が耳打ちをしてくる。
「彼氏の登場だねっ」
「かっ、彼氏……」
その単語を拾ってしまって、体温が一気に上がった。
そっか、彼氏か。そうだよね。両想いになって付き合ってるんだから、そりゃあ彼氏だ。
「狼谷くんが、彼氏……」
自ら確信めいたことをうっかり呟いて、更に羞恥で悶える。
やっぱりまだ慣れない。あんなに素敵な人が私の彼氏なんだ。いつも隣にいるんだ。
津山くんと肩を並べる狼谷くんを、ちらりと見やる。その瞬間、既にこちらに視線を向けていたらしい彼と目が合った。
――うわあ、かっこよすぎるよ……!
咄嗟に俯いて呼吸を整える。
彼氏、という単語を聞いて、久しぶりに彼を過剰に意識してしまった。心臓がうるさい。
ここのところようやく普通に振る舞えるようになってきたのに。これじゃまた振り出しだ。
はあ、と大きく息を吐き出して両手で顔を覆う。
「羊、大丈夫?」
「うん、お肉いっぱい食べる……」
それ答えになってないから、と窘めたカナちゃんに反論する気力は残っていなかった。