能ある狼は牙を隠す
腰を引く私に、狼谷くんが苦笑する。
「じゃあ左手だけ貸して? 右手はそっち掴んでていいから」
「う、うん……」
言われるがまま片手を彼に託して、ゆっくり滑っていく。
時々狼谷くんが少しだけ先に行ってしまうから、その度に情けなく「行かないで」と半泣きで縋る羽目になった。
一周しただけで疲れ切ってしまい、そんな私の様子を見かねたのか、狼谷くんは「出ようか」と早々に切り上げた。
座って靴を履き替えたところで、狼谷くんと二人、沈黙が訪れる。
リンクではカナちゃん、あかりちゃん、九栗さん、それから津山くんも楽しそうに動き回っていた。
それをぼうっと眺めていると、突然頬から耳にかけて、撫でるように狼谷くんが触れてくる。びっくりして隣を見上げた。
「ねえ、羊ちゃん」
彼の目が私を捉える。指は耳裏から首筋をなぞって、途中で止まった。
「――これ、何?」
穏やかな声の奥に、ひっそり滲む闇。表情は微笑と呼ぶに相応しいのに、きっと彼は微塵も笑っていない。
「え? あっ、」
彼が何の話をしているのかを理解して、首筋の絆創膏を思い出した。
説明しようと口を開いた私に、狼谷くんが声を低める。
「そんなに隠したい? 今日もずっと目合わないし……俺のこと、嫌いになった?」