能ある狼は牙を隠す
小さな背中が庇うように俺の前へ躍り出て、深々と頭を下げる。
どうして。なぜ。なんで、俺のことなんて気にするの。
俺は君を傷つけた。全部やめる、だなんて言ったくせに、未だに全く諦めていない。そもそもこの気持ちが消えることはない。
羊ちゃんは優しいね。だから俺にも無償の愛をくれるの?
素直に受け取りたいのに、もう苦しみたくない自分がいる。
世界一素敵、だなんて。そんな綺麗な言葉、どうしたら俺に投げかけられるの。
黙って羊ちゃんを見上げていると、彼女は意を決したようにこちらへ一歩踏み出した。
「狼谷くん、」
ほんのりと香る爽やかな匂い。俺は彼女のこの陽だまりのような温かい匂いが好きだった。
羊ちゃんの腕が、優しく俺の背中を包む。
「好きだよ」
すん、と鼻を啜る音がして、彼女がまた泣いているのだと知った。
温かい。彼女の声がただひたすら優しく耳朶を打って、心に染み込んでくる。
これは夢なんだろうか。あまりにも彼女に飢えすぎて、可哀想な自分が見せた幻覚なのか。
「狼谷くんが、好きだよ」
最後にそう結論づけた彼女の声が、震えていて。唯一それだけが、俺を現実に引き戻す足がかりだった。
「…………ほんとに?」