能ある狼は牙を隠す
とても信じられない。
夢なら分かる。どんなに幸福な夢だろう。ずっと覚めなければいいのに。
でも俺は、確かに彼女の体温を感じている。幻じゃない。だったら一体、どういうことだ。
「え? 何でこんな、俺のこと……ほんとに? ほんとに、好き……?」
クズで下衆でどうしようもない自分を、まさか彼女は本当に拾い上げてくれるとでも言うのか。その上、好きだ、なんて。
彼女は俺の手を取る。控えめな普段の様子からは想像もできないくらい、強く握り締められた。目の前の瞳がきらきら輝いている。
「うん、好きだよ。狼谷くんが好き。大好き」
その太陽のように眩しい笑顔と、柔らかく告げる声が。胸の奥の奥まで入り込んできて、優しく俺を受け止めた。
瞬間、自分の中で決壊した何かがとめどなく溢れ出て、視界を滲ませる。
「羊ちゃん……ああ、もう……夢みたいだ……」
本当に、夢みたいだ。
ずっとずっと焦がれていた、たった一人の大切な女の子。欲しくて欲しくて堪らなかった、幾度も手を伸ばしては躊躇った俺の光。
もう照らされることはないと思っていた。それでも構わない、彼女が幸せでいてくれるなら。そう願っていたはずだったのに。
「羊ちゃん、好きっ……」