能ある狼は牙を隠す
普段通り気が済むまで彼女の匂いを吸い込んで、体を離そうとした時だった。
それまで黙っていた羊ちゃんが唐突に口を開く。
「私は、つけなくてもいいのかな」
「え?」
「狼谷くんは私につけてくれるけど、私も狼谷くんにつけた方がいいんじゃないかなと思って」
思わず腕を解いて彼女の顔を凝視すると、羊ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「だって、その……私のだよって印も、あった方がいいよね?」
「え――ま、待って」
純粋に疑問だ、とでもいうように述べる彼女に、うろたえてしまう。
流石にそう来るとは全く予想していなかった。ただ彼女に俺の欲望を押し付けていただけで、自分が彼女に何かしてもらうだなんて思考に及ばなかったのだ。
「ええと、やっぱり首がいいのかな? ごめん狼谷くん、ちょっとしゃがんでもらっていい?」
「い、いや、羊ちゃん……」
まずい。本当にまずい。そんなことをされたら正気じゃいられなくなる。
かなり今更な理性が、弱々しくも必死に抗った。
「い、嫌? そっか……えっと、嫌ならやめるね……」
寂しそうに眉尻を下げた彼女の表情に、胸の奥が痛む。
「……違っ、嫌、とかじゃなくて……」