能ある狼は牙を隠す
耳元に囁けば、彼女の肩がびくりと震えた。
俺の言葉に触発されたのか、その歯が僅かに皮膚を食んできて、ささやかな痛みに頭の奥が蕩ける。
最初にしては十分すぎた。これ以上は我慢の限界だ。
羊ちゃんの肩を掴んで引き離そうとしたまさにその時。
「あ、待って、羊ちゃんっ……」
彼女の舌が優しく首筋をなぞる。ぞわ、と背中から腰にかけて電気が走り、耐え難い衝撃に声が出た。
何を考えているんだ、と怒りたくなったが、生憎彼女の思考は読めてしまう。
歯を立てて痛くしてしまったから、慰めや謝罪の意も込めての行動だったのだろう。俺自身、彼女に痛みを与えてしまっただろうかと思った時、よくすることだ。
彼女の熱が離れていく。その頭を引き寄せて、朦朧とした意識の中、理性を押し退けた本能が口を開いた。
「羊ちゃん、もっかい……」
「え、あの、狼谷くん」
「もっかい、して……」
欲望のまま懇願する自分の声は、酷く物欲しげで。もう一回、だなんて絶対に嘘だ。軽く三回はねだりたいくらいに彼女を求めている。
「……一回だけ、だよ」
「うん、大好き……」
折れたのは彼女だ。
ゆっくり近づいて、また触れたその熱をしっかり受け止めながら、俺はうわ言のように「好き」と繰り返す。
いっそ溶けてしまいたい、と思った。