能ある狼は牙を隠す
和風慶雲
その日、私は物凄く急いでいた。
「すみませんっ、乗ります!」
発車寸前だったバスに飛び乗り、手すりにもたれながら肩でぜえはあと息をする。
乗客からの視線が若干痛い。これが平日朝の通勤通学ラッシュだったら、もっといたたまれなかっただろう。
というのも、今日は土曜日。しかも昼前の比較的穏やかな時間だ。
動き出した車内で乱れた髪を整え、制服よりも少し短い丈のスカートに視線を落とす。明らかに普段よりも「女の子らしい」格好をしている自分に、今更ながら恥ずかしくなった。
デートって、何着ていけばいいんだろう。
まさか自分がそんな悩みを抱えることになろうとは思わなくて。
『羊ちゃん。今週の土曜か日曜空いてる?』
『え? うん、どっちも空いてるよ』
『そっか。もし良かったらなんだけど、映画付き合ってくれない?』
狼谷くんの申し出に頷いて、「何の映画?」と私が聞けば。
『……ごめん、嘘。ほんとは羊ちゃんとデートしたかっただけ。映画は何でもいいよ、羊ちゃんが観たいやつで』
『えっ、』
『だめ?』