能ある狼は牙を隠す



「あの、狼谷くん」

「ん?」

「狼谷くんの好きなもの頼もうよ。私も私が食べたいもの頼むから」


必死に目の前に座る彼に説得する。

映画の前にお昼ご飯を食べようということで、二人で洋食屋さんに入った。ちょうどご飯時なのに大丈夫だろうか、と思ったけれど、狼谷くんが予約してくれていたらしい。

そんな気の利く彼は、先程からメニューとにらめっこする私をただ眺めるだけで。「もう決まったの?」と聞くと、「羊ちゃんは決めたの?」と逆に返されてしまった。
こういう時に延々と悩んでしまうのをやめたい。うんうん唸る私に、狼谷くんは言ったのだ。


「羊ちゃんが食べたいの二つ頼んでいいよ。俺は別に何でも大丈夫だから」


流石に戸惑った。
沢山の選択肢があって決められないからそう言っているのか、はたまた私に気を遣ってくれているのか。どちらにせよ、はいそうですかと了承するわけにはいかない。

だからこそ、それぞれ食べたいものを頼もうとさっきから呼びかけているんだけれども。


「羊ちゃんは何が食べたいの?」

「え? えーと……」


トマトクリームスパゲティーか、チーズグラタン。
素直に答えてから、しまったと口を押さえた。


「じゃあそれにしよ。――すいません」

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