能ある狼は牙を隠す
待って、とストップをかけようとして思いとどまる。
すぐ近くにいた店員さんが端末片手にこちらへやって来たのを見て、ここでごねたら迷惑がかかってしまうな、と小心者の私は俯いた。自分が店員さん側だったら、注文が決まっていないのに呼ぶお客は嫌だ。
「はあ……」
もう私、既にだめ人間なのでは? 狼谷くんがあまりにも優しすぎてちょっと怖い。
注文をスマートに終えてグラスに口をつける彼を、ぼんやりと見つめる。
綺麗な顔だなあ、というのが正直な感想だった。かなり今更だけれど。
睫毛が長くて、輪郭がすっと細い。今日も彼の耳朶で銀色が光っている。
前にもあったなあ、こんなこと。狼谷くんは私が迷っていた二つをそのまま頼んでしまって。
挙句の果てには、甘いものも抹茶も特別好きじゃないと言っていた。きっと気を遣って女の子の好きそうなお店に連れて行ってくれたんだろう。
慣れているんだと思う。デートはもちろん、女の子の扱い方に。
別にそこに不満を持つほど心は狭くないし、否定もしたくない。それが今までの狼谷くんの世界だったんだろう。
でも私は慣れない。狼谷くんには慣れてきたけれど、女の子扱いも、デートもよく分からない。
だからなんだろうか。デートって、付き合うってこういうことなのかな? と、少し疑問を持ち始めていた。