能ある狼は牙を隠す
だって、このままだったら狼谷くんにばかり気を遣わせてしまう。
エスコートとかレディーファーストとか、細かいことはよく分からないけれど。してもらえることが嫌なんじゃなくて、してもらってばかりで大丈夫だろうかと不安になる。
与えられてばかりじゃいけないと、私は学んだつもりだった。
それは気持ちの話だけではなく、こうした日常にも言えることなんじゃないかと思い始めたのだ。
でも、経験豊富な狼谷くんからしたらどうなんだろう。私はとんちんかんなことを考えているんだろうか。
「狼谷くん」
突然姿勢を正した私に、狼谷くんが首を傾げる。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
テーブルに額がつくすれすれ。頭を下げて告げた。
何で今? とか、どうしてこのタイミング? とか、色々思われるかもしれない。
でも私は相変わらず容量が良くないし、恋愛のいろはへの理解が足りないし。降参です、と。正直に教えを乞うしかないと思う。
「いやいや――どうしたの、改まって」
あ、懐かしいな、と頬が緩む。
狼谷くんと初めて言葉を交わした時、彼は私に同じセリフを投げかけた。
今の彼は、本当に戸惑っているといった感じだけれど。
ちゃんと「彼女」をやりたいんだ。私が不安になることも、彼が不安になることもないように。
目を見開いたままの狼谷くんが何だか珍しくて、私は思わず吹き出してしまった。