能ある狼は牙を隠す
くん、と引かれた腕。
立ち止まって振り返れば、真剣な眼差しでこちらを見据える狼谷くんがいた。
「羊ちゃんが一番俺のこと、分かってるよ」
本当に、そうだろうか。
時折見えなくなる。霧がかかったように彼の真意が遠くなる時がある。
「……一番、分かってて欲しいよ」
少し悲しげな声がして、手の平から体温が逃げた。
彼はまだ何か背負っているんだろうか。私には分け合い切れない何か、とても重苦しいものを。
「うん。そうだね」
やめよう、ぐだぐだ考えるのは。
知らないなら知ればいい。知りたいなら知りにいけばいい。
狼谷くんは困ったように笑って、それから私の背中に腕を回した。最初は優しく、やがて力強く。
私もそれに応えながら、ぼんやりと考える。
この大きな背中に映る寂寥感を、どうにか取り除きたい。それが明日できるのか一ヶ月後なのか、はたまた一年後なのかは分からないけれど。
「羊ちゃん、好き」
どこか不安げに私を呼ぶ声も、確かめるように伝えてくる好意も。ちゃんと全部受け止めて返していきたいと、強く思う。
「好きだよ。好き。大好き……」