能ある狼は牙を隠す



「キスってもうしたの?」

「うぐっ、」


お風呂上り、ミネラルウォーターを流し込んでいた私に、豪速球を投げてきたのはあかりちゃんだった。
口の端からたらりと水滴が零れる。「羊、汚い」とお母さんのように窘めたカナちゃんの声が聞こえたけれど、それよりもあかりちゃんを止めて欲しい。

一日中歩き通しで疲労困憊だった私たちは、宿に戻るなり早々に就寝準備を始めた。
大浴場から帰ってきたところで、ドライヤーの貸し借りだなんだと言っているところにこの話題だ。


「ま、……まだしてない、よ」


どきまぎしながら口を拭って答える。
ふーん、とジト目でこちらを見つめてくるあかりちゃんは、そのまま続けた。


「狼谷のことだからすぐ手出すのかと思ってたわ」

「あ、あかりちゃん……」


大っぴらすぎる。というかもう正直すぎる。
単に興味本位で聞いてきたのかと思ったけれど、何か思案顔で黙り込む彼女の様子からするとそうでもないみたいだ。

狼谷くんと付き合ってから、もう一か月以上経つ。
といっても、本当にあっという間の期間だった。彼はとことん律義で、「今日で一か月だね」とこの間のデートの別れ際に言われた。私はといえば、狼谷くんの言葉でようやく気付いたほどだ。


「あの、二人に聞きたいんだけど……」

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