能ある狼は牙を隠す
口を開いた瞬間、畳の上に転がっていた自分のスマホが震える。
メッセージを受け取ったらしい。手に取って確認すると、送信主は狼谷くんだった。
「ごめん、私ちょっと出てくるね」
「はいよー」
特に理由を付け加えなくても察したのか、二人は言及することなく私を見送ってくれた。
ふかふかのスリッパを履いて部屋から出る。
しばらく真っ直ぐ進んでいると、ペットボトル片手にこちらへ歩いてくる人影とすれ違った。
「あれ、どっか行くの?」
自動販売機のあるロビーから戻る途中だったのか、朱南ちゃんが手を振ってくる。
「あっ、うん! ちょっとね……」
「そっかー。じゃあ部屋戻ったらいっぱい話そうね!」
「うん……! 話す! 話そう!」
拳を握って力強く同調する私に、彼女は背を向ける前、声を張った。
「羊、後でねー!」
胸の奥がじんわり温かくなる。緩む頬を隠さず、私も負けじと手を挙げた。
「ばいばい、朱南ちゃん!」
私のそれを聞いて満面の笑みを浮かべた彼女は頷いて、それから足早に去っていく。
嬉しい。彼女のことを友達じゃない、なんて思ったことはないけれど、今は自信を持って友達だと言える。
数秒名残惜しく立ち尽くし、そうだ、私もロビーへ向かわないと、と踵を返した時だった。
「羊ちゃん」